筋骨格系の障害

1)手の痛み:腱鞘炎

図1-1: ド・ケルバン腱鞘炎

図1-2: 腱鞘

パソコンのキーボード操作は、手のひらを下に向けて両手の指でひとつひとつのキーボードを叩いてゆく点で、ピアノを弾く動作と似ています。 異なるのはピアノがキーの下降によって力学的に作動するハンマーで、弦を打って音を出すのに対し、パソコンのキーボードはあくまで電気製品のスイッチが並んでいるということです。またピアノは基本的な構造が急に変わることはありませんが、パソコン・キーボードはユーザーの負担にならぬよう、キーのストロークやキーボード配列を変えるなどの改良をくり返しています。

一方パソコン・キーボードのブラインド・タッチでは各指が独立してキーを打つ、親指や小指を広げて打つなど、ピアノ演奏と共通した動きが含まれます。ピアニストの手の痛みには腱鞘炎が多く、その中でも親指を開く腱がかかわるド・ケルバン腱鞘炎(図1-1)がしばしばみられます。

ピアニストの手の痛みはオクターヴや和音など親指を開く練習で発症することが多く、パソコンのキーボード操作でも同様の現象が見られます。ピアニストの手の障害についてはこちらをご覧ください。

腱鞘は腱が浮かび上がるのを防ぐ作用があり(図1-2)、腱鞘内で腱と腱鞘が擦れあって痛みを起こすのが腱鞘炎です。腱鞘炎の原因は腱鞘が狭くなるとともに、腱が腫れて太くなることがわかっています。腱鞘炎の手術は腱鞘を切り開くだけですが、これでは腱鞘の存在が無意味になってしまうため、リハビリや外用薬・内服薬・注射等、手術をしない治療が望ましいところです。
最近はスマートフォンのフリック動作で親指の腱鞘炎を起こす人が増えています。詳細はスマートフォンによる親指の障害を参照してください。

2)手根管症候群

図1-3: 手根管

手根管は手首の手のひら側にあり、屈筋腱とともに正中神経という太い神経が入っています(図1-3)。手根管内の腱が腫れると正中神経が圧迫され、手のしびれや知覚障害、親指の筋力低下などが起こります。 パソコンのキーボード操作では手首を上に曲げる(背屈する)動作が多く(図1-4)、これにより手根管内圧が上昇すると正中神経を圧迫し、手根管症候群を起こします。この予防のためには、手首の下に台を置いて、手首の曲がりを減らすと効果的です(図1-5)。

3)頸肩腕症候群

タイプライターやコンピューター等の作業による肩こりや首の痛みで、椎間板ヘルニアや頚椎症などの原因が明確でないものを総称して頸肩腕症候群と呼びます。 コンピューター作業による首の痛みにはいわゆるストレートネックがかかわることが多いです。人間の背骨はもともと前後の彎曲を持っており、頸椎には前方に凸の彎曲(前弯)があります(図1-6)。ところがVDT画面に集中するあまり頭が前方に移動すると、頸椎は前弯を失ってまっすぐになったり、後方に凸の彎曲を有するようになります(図1-7)。この状態がストレートネックで、首の後ろの筋肉が緊張して肩こりや痛みの原因になります。 ただし、もともとストレートネックの首の形をした人が正常人の20~35%に存在するとも報告されていますので、ストレートネックがすべて悪いわけではなく、「頚椎の前方凸の弯曲を持つ人が、頭を突き出す姿勢を続けた結果ストレートネックとなった場合に首の痛みを起こす」ということです。

図1-6: 常な頸椎(前方に凸の彎曲:前弯)

図1-7: 頸肩腕症候群(後方に凸の彎曲)